搭乗日
2004年10月
JGC会員となって、それから
2006年に「JALグループ年間50回搭乗」を果たしてから今年で15年。
翌年からJGC会員としてのサービスを受けられるようになりました。
とはいうものの、この年有償搭乗52回のうち23回が「旧JASグループだけ路線」の搭乗であり、私のJGC入会はJAL・JAS統合の賜物でもあります。
ANA・JAL・JASそれぞれのグループで国内線マイレージサービスが始まったのが1997年4月ですが、この頃私は3社グループに満遍なく乗っていろいろなフライトを見るようにしており、それゆえ「1社に1年で50回もどうやって乗るの~?」という状態。
沖縄離島訪問でよく乗るRACのJMB加算は2002年11月まで無く、J-AIRも2001年3月まで同様。
かくしてANAスーパーフライヤーズカードもJALグローバルクラブもJASマイレッジマスターズも縁遠い存在。これらは関係無いものと決めつけていた私は、搭乗回数にこだわることはありませんでした。
さて2006年、この年はJAC YS11退役、隠岐空港ジェット化等々見たくなることが多く、それらへ遠征。中でもYS目当てのJAC関連搭乗が多くなって、その結果12月にJALグループ50回超え。いっぽう達成感はあまり無し。
初期のJ-AIR・RAC非加算のことや、「JJ統合のおかげ」というのが頭にあったからでしょう。加えてこの時期のことは今になっても影響を及ぼしており、JGCプレミア以上など遠い世界という思考でいます。
ところが・・・私は上のような考えの持ち主なのですが、JGCカードを取得した時にJALプラザ大阪のメンバーが喜んでくれました。
営業上のこともあったでしょうが、「カード、見せて下さい」「この時が遂に来ましたか」とか言われると、一旅客の動向がJALメンバーに笑顔をもたらすのかと一層思ったものです。
以降国内線ファーストクラス羽田発一番手に乗り、帰阪後すぐJALプラザへ報告、とかを実行。同店がなくなって以降も、「面白い話を伝える」姿勢を保とうと考えています。
今も30回台の搭乗の中で、あるいは地上行事を見に行って、JALスタッフが聞いて楽しんでくれるようなことを得て来ようと。
2021年も、私のそんな活動は続きます。
#チャレンジ
翌年からJGC会員としてのサービスを受けられるようになりました。
とはいうものの、この年有償搭乗52回のうち23回が「旧JASグループだけ路線」の搭乗であり、私のJGC入会はJAL・JAS統合の賜物でもあります。
ANA・JAL・JASそれぞれのグループで国内線マイレージサービスが始まったのが1997年4月ですが、この頃私は3社グループに満遍なく乗っていろいろなフライトを見るようにしており、それゆえ「1社に1年で50回もどうやって乗るの~?」という状態。
沖縄離島訪問でよく乗るRACのJMB加算は2002年11月まで無く、J-AIRも2001年3月まで同様。
かくしてANAスーパーフライヤーズカードもJALグローバルクラブもJASマイレッジマスターズも縁遠い存在。これらは関係無いものと決めつけていた私は、搭乗回数にこだわることはありませんでした。
さて2006年、この年はJAC YS11退役、隠岐空港ジェット化等々見たくなることが多く、それらへ遠征。中でもYS目当てのJAC関連搭乗が多くなって、その結果12月にJALグループ50回超え。いっぽう達成感はあまり無し。
初期のJ-AIR・RAC非加算のことや、「JJ統合のおかげ」というのが頭にあったからでしょう。加えてこの時期のことは今になっても影響を及ぼしており、JGCプレミア以上など遠い世界という思考でいます。
ところが・・・私は上のような考えの持ち主なのですが、JGCカードを取得した時にJALプラザ大阪のメンバーが喜んでくれました。
営業上のこともあったでしょうが、「カード、見せて下さい」「この時が遂に来ましたか」とか言われると、一旅客の動向がJALメンバーに笑顔をもたらすのかと一層思ったものです。
以降国内線ファーストクラス羽田発一番手に乗り、帰阪後すぐJALプラザへ報告、とかを実行。同店がなくなって以降も、「面白い話を伝える」姿勢を保とうと考えています。
今も30回台の搭乗の中で、あるいは地上行事を見に行って、JALスタッフが聞いて楽しんでくれるようなことを得て来ようと。
2021年も、私のそんな活動は続きます。
#チャレンジ