2004年3月31日(水)、運航に於いてJAS/日本エアシステムの名が用いられる最後の日が来ました。
私を含む旅客機趣味者複数名は様々な思いを抱き、この日のJAS便に乗りました。
2004年4月1日、日本エアシステムは商号を「日本航空ジャパン」へと変更・・・と記せば社名を変えるだけのように思えます。
1988年のTDA→JASと同じ様ですが、2004年の変更では機体塗装は変り、乗務員・地上スタッフ制服も変わりました。とはいえ、社名変更に際しては例えば1993年のSWAL→JTAでも塗装変更があって、よくあること。
いやいやいや、旅客機趣味界ではJAS商号がなくなるのは大ごとでした。少なくとも航空メディアでは大きく扱われました。
客にしても見慣れた塗装・ロゴ・制服が変わることからその名残を惜しみ、JAS最終日の3月31日にはお別れ搭乗へ。JAS商号ラストフライト便は羽田22:10着となる女満別発JD188便及び旭川発JD198便です。
いっぽう「商号変更やんか」と半ば冷めていた私も、4月1日庄内空港でのフェアリンク初便行事へ向かうのに3月31日羽田→秋田でちゃっかりJAS搭乗。私のJAS最終搭乗機材はエアバスA300-600R・JA8376でした。
後で聞いたのですが188・198便を含む幾つかでは「JAS最終日」の旨のアナウンスがあったとのこと。対して私が乗ったJD265便ではいつも通りで、単なる商号変更と思っている(実はそう思い込もうとしていた)私には相応しいフライト?
否、同便で頂いたカードには「明日からは新しい日本航空としてより良いサービスができるよう、力を合わせて頑張ります」と記されていました。
2024年3月31日、往時から20年。
実のところJ-AIRが伊丹へ来てから、JASの名がスタッフとの間で頻出しています。そりゃ「JAS入社で」と言われたら私が高揚し、以降そうなりますわな。
そして伊丹のみならず、3月2日開催trico5周年イベントでも「JAS」を強く意識する場面が現出しました。
「吉田機長が入社した時のJALロゴ(マーク)は?」というのがクイズで出題された時のこと。
「キャプテン!」「??」・・・JASが頭によぎった者、少なくとも2名・・・。
#JAS #J-AIR #5000件投稿チャレンジ