
🇫🇷街を見下す廃墟の城*Ruine du château de la Bâtie
ヴィエンヌの街に近づくと丘の上に見えてくる中世の要塞シャトー・ドゥ・ラ・バチChâteau de la Bâtie (写真①)
13世紀、ローヌ川とジェール川(Gère)が合流するサロモン山(Mt. Salomon)に北側の監視の為、この地を選んだ大司教であり建築家でもあったジャン・ドゥ・ベルナン(Jean de Bernin)により建てられた。
大司教の住居として、その後の動乱期は避難所として使われ、宗教戦争時には遂に大打撃を受け、1633年1月、国務院の決定により、城として機能しなくなるほどの損傷を受けた城は一部を取り壊し廃墟となった。
傷んだ城は風化し、脆く崩れやすい状態の為、現在はこの城へのアクセスは絶たれ近づくこともできないが、21世紀の今もこうしてヴィエンヌの街を行き交う車や人々を見下ろしている。
③④街中の建物の間からのぞく廃墟の城バチ
⑤ヴィエンヌを東に流れるジェール川側から
バチの要塞は1926年、歴史建造物に指定。
#ヴィエンヌ #廃墟の城 #旅写真
#歴史建造物
ヴィエンヌの街に近づくと丘の上に見えてくる中世の要塞シャトー・ドゥ・ラ・バチChâteau de la Bâtie (写真①)
13世紀、ローヌ川とジェール川(Gère)が合流するサロモン山(Mt. Salomon)に北側の監視の為、この地を選んだ大司教であり建築家でもあったジャン・ドゥ・ベルナン(Jean de Bernin)により建てられた。
大司教の住居として、その後の動乱期は避難所として使われ、宗教戦争時には遂に大打撃を受け、1633年1月、国務院の決定により、城として機能しなくなるほどの損傷を受けた城は一部を取り壊し廃墟となった。
傷んだ城は風化し、脆く崩れやすい状態の為、現在はこの城へのアクセスは絶たれ近づくこともできないが、21世紀の今もこうしてヴィエンヌの街を行き交う車や人々を見下ろしている。
③④街中の建物の間からのぞく廃墟の城バチ
⑤ヴィエンヌを東に流れるジェール川側から
バチの要塞は1926年、歴史建造物に指定。
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#歴史建造物
ビエンヌ(フランス)